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やくざについて(5) やくざと警察

 今回は、「実録・プロジェクト893XX ヤクザの全貌」より、やくざについて基本的なことをまとめます。

1、概観

  ・戦後一時期はやくざと警察は蜜月関係であった。しかし、やくざの抗争と市民運動の盛り上がりにより、警察はやくざを壊滅させるというスローガンの下、あらゆる法律で取り締まりに乗り出している。

2、歴史

 (1)、終戦直後

 ・終戦直後、日本が混乱の中にあるときは、ブラックマーケットの利権をめぐって的屋系やくざと第三国人が抗争を繰り返していた。この頃は、GHQの支配下で警察は拳銃を持つことを許されていなかったので、第三国人を鎮圧するのに警察はやくざを利用した。この頃のやくざは警察と共同歩調をとることで治安回復の役割を担っていたともいえる。

  ・経済が安定するに従って、やくざは競輪や競馬パチンコなどに関与し、盛り場や観光地などでもその勢力を広げ、昭和20年代後半にもなると、博徒系やくざの活動も活発化し、賭博以外の利権を伺うようになった。また、この頃には、博徒的屋のほかに愚連隊も誕生している。

 (2)、昭和30年代

 ・昭和30年代にはいると、各地方のやくざ組織はその勢力を他の地域に広げ肥大化していった。昭和38年(1963)には、やくざは団体数5200団体、構成員約184000人となり栄耀栄華を誇るピークとなった。博徒、的屋、愚連隊が互いの文化を学び、利益になることには何でも手を出すようになったのもこの時期である。また、警察とマスコミが中心となってやくざを「暴力団」と呼ぶようになり、その呼称は時代に定着していった。これとともに、肥大化した組織間での抗争がおこり、暴力団排斥の運動もおこってくる。

 (4)、昭和40年代

  ・昭和39年から昭和40年代前半には、警察は重い腰を上げて第一次頂上作戦が断行され、これまでの単発的な取り締まりではなく、総合的かつ組織的な取り締まりが行われるようになる。これと呼応する形で市民レベルでも暴力団排斥運動は最高潮を迎える。そして、各やくざ組織は、幹部をはじめ多数の組員が検挙される結果となり、多くのやくざ組織は解散を表明する。

  ・昭和40年代半ばになると、第一次頂上作戦で逮捕されていたやくざの幹部が次々に出所し、解散していたやくざ組織が復活したり再編したりして、大規模なやくざ組織が再び息を吹き返す。下部団体からの上納金制度によって組織はピラミッド型に整えられてゆく。

  ・昭和45年以降、警察は第二次頂上作戦を実行し、第一次で手が回らなかった特定に地域に的を絞り、徹底的なやくざ排除に力を注いでゆく。

 (5)、昭和50年代

  ・昭和50年代は、大規模なやくざ組織の寡占化がみられるようになる。相次ぐ警察の頂上作戦と全国的なやくざ排除の機運のなかで、中小のやくざは次第に弱体化していったが、大規模組織を生き残りをかけて、シノギの巧妙化知能化をすすめていった。覚せい剤の密売やノミ行為、賭博や債権の取立てなどにとどまらず総会屋などと結託した企業対象暴力や民事介入暴力、同和運動などの社会運動や、右翼活動を標榜して資金獲得をはかる動きを活発かさせ、巨大な資金を得るようになっていった。いわゆる「経済やくざ」の登場である。警察もこれに対応して、昭和50年からやくざの資金源を断つために「資金源風圧作戦」と呼ばれる第三次頂上作戦を行い、一斉摘発をしていった。

 (6)、昭和60年代

  ・昭和60年代から平成3年までのやくざは、資金獲得の手段を精力的に進化させてゆく。民事介入暴力や企業対象暴力を先鋭化させるとともに、やくざ自体が合法的な企業を設立し、不動産取引や株式投資、金融事業などを行うなど、企業社会への進出が目立ち始める。また、大規模なやくざ組織間の勢力争いも激烈化し、抗争が全国で頻発した。各組織は爆発物や銃器で重武装化をはかり、銃器の密輸も急速に増加している。また、こうした密輸に関連してやくざの海外進出がはじまり、国際化の傾向が著しくなる。外国組織と結びつくことで、日本のやくざも海外で恐れられるようになったのである。

 (7)、平成以後

  ・平成4年(1992)3月にわが国の本格的なやくざ取締法である「暴力団対策法」が施行される。この法律により、指定暴力団とされたやくざは、その活動を大幅に制限されるようになる。この法は民事介入暴力事案を抑止し、やくざの資金源を根本から封圧することを主な目的としている。暴対法の適用を避けるために、やくざ組織は地下に潜り、フロント企業・政治結社に名を借り組織維持を図っている。暴対法施行後、各公安委員会から次々と中止命令が発せられ、この法律によって徐々にやくざは追い込まれていった。

  ・平成16年(2004)4月に、暴対法が改正されて、やくざ組織に「使用者責任」を追及できる規定が盛り込まれた。これは、末端の組員が起こした犯罪について組織の長である組長が「使用者責任」で賠償を負わなければならないものであり、やくざ組織への死刑宣告であった。
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