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『マフィア全史』を見る(2)

 CBS製作のドキュメンタリー『THE TARGET MAFIA』(1993年、日本では『マフィア全史』の名で1997年にNHK衛星放送で放映された)を見ます。今回は、 「第2回 アメリカンマフィアの誕生 」です。

1、シチリア島

 ・ナポレオンからムッソリーニ時代までの100年間イタリア政府がシチリアの統治を怠ったので、島の経済は悪化。

 ・そこで、地元の名士たちは実質的な島の統治者として台頭した。

  →1880年頃になるとこのような名士たちはマフィアと呼ばれる。
   
 ・シチリア島民は貧しいので、アメリカへ経済的なチャンスを得るために移住者するものが多かった。

  →マフィアもアメリカへやってきた。

2、ニューオリンズ

 ・マフィアがはじめたあらわれた町
  
 ・南北戦争の直後、政治的混乱があり、政府と住民の仲介役としてマフィアが台頭した。

 ・デビットへネシーは一般的にアメリカではじめてマフィアと対決した男と言われている。

  →しかし、実はマフィアの片棒を担ぎ、対立するマフィアに射殺された。

3、ニューヨーク

 (1)、ジョゼッペペトロジーノ  

  ・マフィアはブラックハンドと呼ばれ、同胞であるはずのイタリア系移民を食い物にしていた。

  ・イタリア人の警官であるジョゼッペペトロジーノがマフィアと戦った。

   →ペトロジーノはイタリアの警察と組んで、マフィアと戦おうとした(今日でいうインターポールの概念を作り出した)。

   →1909年、ペトロジーノはイタリアに調査のため出張していたときにマフィアに殺害される。

 (2)、フランキーイェール

  ・最初のゴットファーザー

   →貧しい人には食べ物を配ったりし、貧しい人を襲うことは許さなかった。

  ・イェールの部下がアルカポネ。

   →アルカポネは殺人事件で追われていたので、シカゴに逃げる。

  ・その後、アルカポネと対立しアルカポネの部下に暗殺される。

 (3)、ジョゼッペマッセリーア(ジョーザボス) 

  ・1920年代半ばに、ニューヨークに力を持つ。

  ・彼は自分の周りに、ラッキールチアーノやフランクコステロ、ヴィトジェノベーゼなどの才能ある若者を集める。

  ・フランキーイェール暗殺後、ジョーザボスはさらにニューヨークで力を増す。

  ・しかし、まだ、酒の密売人であるサルバトーレマランツァーノがジョーザボスのニューヨーク支配に立ちはだかる。

   →ジョーザボスVSマランツァーノの抗争(カステランマレーゼ戦争)が始まる。

  ・ジョーザボスは不利になり、この抗争を終わらせるためルチアーノやジェノベーゼらによって裏切られ暗殺される。

  ・この後、勝者のマランツァーノは「ボスの中のボス」となり、自分の下に五つのファミリーを置く。

 (4)、ラッキールチアーノ

  ・シチリアからの移民の子

  ・カステランマレーゼ戦争のとき、マランツァーノにジョーザボスを裏切るように誘われるが乗らないのでマランツァーノに顔を切られる。
  
   →ルチアーノは死ななかったので「ラッキールチアーノ」と呼ばれるようになる。

  ・カステランマレーゼ戦争後、古風な親分肌のマランツァーノとビジネスマンのラッキールチアーノは対立するようになる。

   →さらに、ラッキールチアーノの側近のマイヤーランスキーはユダヤ人であったが、マランツァーノはユダヤ人が嫌いであった。

   →結局、ラッキールチアーノがマランツァーノを暗殺する。

  ・ラッキールチアーノは1930年代、マフィアの世界に君臨し、古いしきたりを打ち破りマフィアを合理的なビジネス組織にする(マフィアをアメリカ化する)。

   →この組織は、アメリカの十大企業に匹敵する利益を打ち出すようになる。

4、シカゴ

 (1)、ジョニートーリオ

  ・トーリオとアルカポネは禁酒法時代に酒の密売を手がけ儲ける。

   →ジョニートーリオのもとで、アルカポネはギャングとしてのことを学ぶ。

  ・1924年、ディオンオバニオンが、トーリオやアルカポネの酒の密売ビジネスの邪魔をする。

   →トーリオは、オバニオンを殺害する。

  ・オバニオンの死後も、シカゴでは酒の密売ビジネス戦争は激化する。

   →トーリオは襲撃されたことを期に引退し、シカゴのトーリオの縄張りはアルカポネが継ぐ。

 (2)、アルカポネ

  ・1927年頃には、アルカポネはシカゴで有名人となる。

   →ジェイクグージック(ユダヤ系)がアルカポネの側近でアルカポネを支える。

  ・やがて、アルカポネとフランキーイェールは対立するようになり、イェールはアルカポネの手下に射殺される。

  ・セントバレンタインデーの虐殺

   →アルカポネは次々と酒の密売業者を倒してゆき、唯一のこったジョージモランと対決する。

   →1929年2月14日、モランの部下をアルカポネの手下がマシンガンで虐殺する。

   →この実行犯の手下が裏切るという噂を手に入れたアルカポネは食事中に彼らをバットで殴り殺す。

  ・この事件により、アルカポネは市民の怒りを買い、禁酒法の取締捜査官エリオットネスはカポネの酒の密売についての捜査を、国税庁のエルマアイリーやフランクウィルソンは脱税についての捜査を一斉にはじめる。

   →アルカポネのお抱え弁護士であるアートフルオヘアの裏切りにより脱税の証拠が当局に提出され、それにより脱税でアルカポネは逮捕される。

   ・1947年、アルカポネは梅毒と肺炎と脳内出血により48歳で亡くなる。

5、芸能とギャングとの関係
  
  ・禁酒法の廃止により、スピークイージー(闇酒場)はナイトクラブとなり、ギャングに合法的収入と隠れ蓑を与える。

   →黒人のジャズミュージシャンや、芸人などはここで働く。

  ・芸能界の裏側にはギャングがいた。
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