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『ヤクザと日本』を読む(2)

 今回は、宮崎学氏の『ヤクザと日本』(筑摩書房 2008)を読みます。「第一章 ヤクザの源流」の部分です。

1、視点の設定

 (1)、従来のヤクザ史

  ・ヤクザという集団を蔑視、異端視してまじめに扱おうとしない。

   →「博徒喧嘩史」「暴力団抗争史」や、事実と虚構が入り混じった「稗史」として書かれてきた。

 (2)、宮崎氏の視点

  ・ヤクザという社会集団がどのように発生したのか、どういう役割を担ってきたのかを明らかにし、そこから経済的・政治的・社会的変遷としてのヤクザ史を描く。

   →近代ヤクザの始原は、近世ヤクザである。

2、近世ヤクザの始原ーカブキ者

 (1)、意義

  ・室町時代から戦国末期に至る動乱の時代に生み出された下級武士群のリーダー

   例)、『花の慶次』の前田慶次はカブキ者の武将である。

 (2)、説明
  
   ・戦国時代に、元百姓であるが、腕と度胸だけで戦乱の乱世を生き抜き、うまくいけば成りあがろうとする支配階級と被支配階級の間くらいにいる存在。

   ・彼らは、百姓のフリーター兵である足軽を集めて集団をつくり、金のありそうな戦国大名を見つけると売り込みにいく。そして、戦争では足軽軍団を統率し、雇い主と足軽とのトラブルを処理し、足軽たちに賃金を払い、戦闘の後の略奪や落ち武者狩りを指揮した

 (3)、徳川時代初期

  ・戦乱が終わってしまったので、カブキ者たちは都市の無頼集団のリーダーとなってゆく。

   例)、大鳥居逸平、大嵐嵐之助、大橋摺之助、風吹塵右衛門、天狗魔右衛門など

  ・しかし、慶長14年(1609)からカブキ者の取り締まりが本格化し、慶長17年(1612)には大量逮捕されて処刑され、このカブキ者の系譜は途絶える。

3、近世ヤクザの第二世代ー町奴

 (1)、旗本奴

  ・旗本の中に生まれた余計者の集団、不良侍の徒党であり、太平の世に反抗者を気取る支配階級内部の不良集団、体制側の無頼集団であり、体制内化したカブキ者の堕落形態である。「御用暴力団」と猪野健治氏は呼ぶ。

   例)、慶安年間にでてきた水野十郎左衛門率いる白柄組

 (2)、町奴

  ①、意義

   ・正保・慶安年間(1644~1652)に旗本奴に対抗して、町人の中からカウンターパワーとして形成される。

   ・町奴といっても指導者は町人ではなく牢人の口入業である。

    →江戸初期は大名の廃絶や減封などにより約40万人もの牢人がいた。

    →江戸初期は、幕府から大名はさまざまな普請を課されており、一定期間だけまとまった労働力を必要とし、この労働力を供給したのが町奴の口入業者であった。

  ②、特徴

   ・支配階級に対する「反抗」と「模倣」

  ③、町奴の終焉

   ・幕府が夫役を金納に代えたことにより口入の市場をうしなったこと、さらに、幕府による度重なる「奴狩り」によって打撃をうけ、元禄年間には町奴はほぼ解体された。

4、近世後期における侠客の存在形態

 ①、火消人足

 ②、目明

 ③、角人(すもう)

 ④、博徒及侠賊

 ⑤、人入

  ・口入と同じ意味で、労働力供給業者

 ⑥、金侠

  ・金に物をいわせて侠的な行為をした裕福な町人集団

 ⑦、女侠

  ・主に花街で、遊客の侠客と組んで侠的な行為をした女達

5、近世のヤクザ第三世代ー町火消し

 (1)、火消の種類

  ①、大名火消し

  ②、町火消し

   →この町火消しが前代の町奴の精神を受け継ぐ

 (2)、町火消しの存在形態

  ・享保期に台頭し、近世中期以降の親分・子分集団の中心となる。

  ・町火消しは、普段は大工・鳶・左官などの高所作業を行う職業をもっている職人である。 
  
  ・任意に集まった集団ではなく、幕府から火消しとして公認された合法的集団でありながら、経費は町の費用で賄われていた。

   →自立した民間の公共的社会装置、共同体の自衛組織であった。

 (3)、町火消しと興行界との関係

  ・芝居小屋、見世物小屋などの劇場は、火事に重大な関心を払わなくてはならない職業であったから、文化年間頃から、劇場で公演が行われるたびに、興行元が町火消しの頭に「付渡し」を届ける慣習ができた。

  ・町火消しのほうも、小屋に人を出して、防火を兼ねて場内整理や警備などを担当するようになった。

6、専業アウトローとしての博徒 

 (1)、意義

  ・元文年間から天明年間にかけて、専業博徒が多数輩出するようになる。

  ・彼らは、町火消しが大工・鳶・左官などの職業を持っていたのに対して、合法的生活基盤を持たない完全な職業的アウトローである。

 (2)、類型化

  ①、中間部屋頭に発した博徒

  ②、目明しに発した博徒

  ③、田舎博徒

 (3)、田舎博徒について

  ①、単なる田舎博徒からそれを超えたアウトローへ

   ・養蚕、蚕糸業など農村工業・マニュファクチュアと結びついた経済的に豊かな博徒

   ・藩人足口入業のような職業をもって営業する博徒

   ・元力士で引退後地方相撲の取り締まりなど興行に携わった博徒

  ②、地域社会での機能=共同体の民間暴力装置

   ・村における用水権や入会権などをめぐる紛争の際の実力部隊

   ・相手方の村、周囲の共同体との交渉役

   ・共同体にはいってくる芸能集団や宗教集団、さらには無宿渡世者たちを統括管理した

   ・村の市の祭礼が行われるときには、興行を管理し、市の秩序を維持した。

   ・徳川末期には、財政難のために代官所や知行所の役人がリストラされた後を埋めて、弱体化した警察力を代行した。

7、労働力供給業者としての人入

 (1)、意義
  
  ・町奴が衰退したあとに、それに代わって同じ役割をはたしたのが人入である。

 (2)、存在形態

  ・大名は何かと人夫を必要とするが、雇っているのは武士ばかりだから雑用には使えず、かといって人夫をいつも雇っているほど財政に余裕はない。そこで、臨時の人夫が必要となったときは臨時雇いで調達するようになる。

  ・この臨時雇いをみこんで、臨時労働力の供給を業とするものが人入であり、人夫を必要なときに集められ統率できるのは侠客肌のものであったので、ここに人入を稼業とする侠客が成立した。

 (3)、具体例

  ・黒船来航のときに、江川太郎左衛門が品川沖にお台場を築き砲台をつくったが、このときの工事で5000人の人足を調達したのが、相州の大親分間宮の久八であった。

8、近世ヤクザの特質

 (1)、身分的周縁

  ①、意義

   ・徳川時代は、身分によって細分化された様々な職能集団や生活圏によって区分された地域集団には一定の自治が認められていた。そのような分権・自治社会のなかにあって、狭い意味での身分制社会の構造の内に収斂しきらない社会集団を「身分的周縁」とよび、そうした部分社会を「周縁社会」と呼ぶ。

  ②、当てはめ

   ・近世ヤクザの生活領域、活動領域は、このような周縁社会であり、彼ら自身がひとつの身分的周縁として位置づけられる。

  ③、身分的周縁におけるヤクザの特殊な地位

   ア)、暴力を背景とした集団である。

   イ)、地域の顔役として社会的権力をもっていた。

   ウ)、同じ共同体のなかだけでなう、郷村や都市、藩の行政区域を超えた独自のネットワークをもっていた。

 (2)、「制外の民」

  ①、近世の身分秩序

   ・特権と特務を公に与えられることによって身分秩序に位置づけられる。

   例)、

    ・穢多身分は、皮革の取り扱いを特務とされていた反面、それを通じて死牛馬の処理権を特権として認められる。

    ・非人身分は、生産労働から排除され、犯罪人の捕縛・監禁などを特務とされていた反面、歓進場ないし得意場という、その範囲内で祝儀・不祝儀を独占的にもらいうけることができる地域を特権として与えられた。

  ②、芸能民集団やヤクザ集団

   ・彼らは、このような特権も特務も公に与えられることがなく、身分制秩序自体の外側に位置づけられていた。

 (3)、「黙認」の領域

  ・これこれのことは法と慣習によってしてはならないことだけど、彼らが生きていくためには必要なので黙認するという行為の領域をもっていた。

 (4)、「悪」

  ・「悪」とは、近代におけるような平板な悪、善ではないという単純なものではなく、道徳的には悪でありながらも、存在としては悪が悪であるがゆえに孕んでいる力強さをもつものであった。根源的な生エネルギーとしての「悪」である。

  例)、悪源太義平の「悪」

 (5)、近代へ
  
  ・維新後には徳川期にあった中間組織が徹底的に解体され、部分社会が全体社会のもとに再編されてゆくことによって、それまでのヤクザは存続できなくなった。

   →近代ヤクザへ
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